大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和44年(行ウ)248号 判決

原告

ソシエテ・インターナショナル・フォノビジョン

代理人

猪股正哉

藤本博光

上村正二

被告

特許庁長官

佐々木学

指定代理人

高橋正

外四名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実《省略》

理由

原告が本件特許権の第四年分の特許料を、その納付期限である昭和四一年一一月二九日およびその追納期限である昭和四二年五月二九日までに特許庁に納付しなかつたこと、被告が原告に対し昭和四三年六月二一日付で本件処分をしたことについては、いずれも当事者間に争いがない。

原告は、原告の責に帰すべからざる事由により特許料の追納期間(特許法第一一二条第一項)を遵守することができなかつたときは、その期間経過後であつても、特許料の追納は許さるべきものであると主張し、被告は、右追納期限徒過の事由が特許権者の責に帰すべきものであるか否かは特許法第一一二条第三項の趣旨からいつて問題とならず同項の規定により、特許権は始めの納付期間の経過の時にさかのぼつて消滅したものとみなされると争うので、この点について判断する。

特許法第一〇八条第二項は、特許権者の第四年以後の各年分の特許料は原則として、出願公告の日から(同法第一〇八条参照)各前年以前に納付しなければならない旨を規定し、同法第一一二条第一項は、特許権者が右期間内に特許料を納付することができないときは、その期間経過後六月以内にその特許料を追納することができる旨を規定する。すなわち、第四年以後の各年分の特許料の本来の納付期限は、原則として、各年の出願公告応当日であるが、この納付期限は、それまでに特許料を納付することができなかつた者に対しては、その他になんらの理由の存在も要することなく六か月延長されるのである。ただその場合には、特許権者は、各年分の特許料のほかに、それと同額の割増特許料を納付することを要するのである(同法第一一二条第二項)右のいわゆる追納期間は、被告主張のように、本来の納付期間内に特許権者がその特許料を納付することができなかつた場合にも、それによつてただちに特許権を消滅せしめるという特許権者に酷な結果となることを避け、これを救済するために設けられた期間であると解すべきものではあるが、一方特許権者の側に特段の事由を要することなく当然に本来の納付期間への追加を認めるものであるから、結果的には、本来の納付期間そのものが六か月延長されたのと同様になるものと考えても差支えなく、また、特許権者の側からすれば、割増特許料を納付することを条件として、本来の特許料納付期間が六か月延長されるものと観念することは、けだしまた当然のことであるといいうるのである。そうすると、この追納期間の満了にあたつて特許権者がその責に帰すべからざる事由により特許料および割増特許料を納付できなかつた場合に、これにより特許権が当然消滅するものとすることは、始めの特許料納付期間の経過により当然に特許権が消滅することが特許権者に酷であると同様に酷にすぎ、これを救済する方法が認められなければならないものと考えられる。追納期間は、本来の納付期間に納付できなかつた場合の救済規定であるということから、ただちにこの追納期間の徒過についての救済を認めるべき必要性がないということはできない。特許法は、この場合の救済方法についてはなんらの明文の規定をもおいていない。しかし、明文の規定がないということは、かならずしも特許法は当事者の責に帰すべからざらざる事由による追納期間の追完を否定しているものと断定させるものではない。当裁判所は、かかる場合の期間延長は、民事訴訟法第一五九条によつて表現された、期間の伸長に関する一般原則によつて、許されるものと考える。この場合、追完が許されるべき期間がどれほどかについては、明文の規定がないので困難な問題であるが、やはり前記民訴法の規定が一応の基準とさるべきものと考える。

そこでつぎに、原告が、その主張するように、その責に帰すべからざる事由により本件特許権の第四年分の特許料納付の追納期間を懈怠したものであるかどうかについて考察する。

本件特許権の特許権者たる原告が日本に住所も営業所も有しないものであることは、弁論の全趣旨によりこれを認めることができる。そして、日本国内に住所または居所(営業所)を有しない者は、特許に関する手続をするには、日本国内に住所または居所を有する代理人によらなければならず、右手続の中には特許料支払の手続もまた含まれるものと解すべきである(特許法第八第第一項、第三条第二項参照)。

ところで、《書証》、イタリア国公証人が証明しているので、原告が一九六七年(昭和四二年)五月四日付で作成した原告代理人事務所宛の書面の写の複写であると認められる甲第三号証、同じくイタリア国公証人が証明しているので、原告会社備付の発信簿の写であることを認めうる甲第六号証を総合すると、原告は、本件特許権の第四年分の特許料の納付に関し、原告訴訟代理人事務所からの昭和四一年(一九六六年)一二月二一日付の書簡による照会に対し、昭和四二年(一九六七年)五月四日付で、原告訴訟代理人事務所宛に、右第四年分の特許料の納付を委託する旨の書簡を作成し、そのころこれを普通航空郵便として投函したが、右書簡はすくなくとも昭和四二年一〇月七日までには原告訴訟代理人事務所には到達していなかつたこと、同日原告訴訟代理人事務所宛配達された原告の昭和四二年(一九六七年)九月二八日付の書簡により、原告訴訟代理人事務所では、前記のように原告が一九六七年五月四日付の書簡により第四年分の特許料の納付を原告訴訟代理人事務所宛に委託した旨を了知できたことを認めることができる。そうすると原告の原告訴訟代理人事務所宛の前記昭和四二年五月四日付の書簡が原告訴訟代理人事務所に到達せず、したがつてそのことにより、原告が本件特許権の第四年分の特許料を納付することができず、そのことが原告の責に帰すべからざる不可抗力によつて追納期間を遵守することができなかつたものと解うるとしても、一九六七年九月二八日付の書簡が同年一〇月七日原告訴訟代理人事務所に到達したことによつて、その不可抗力事由は止んだものということができる。不可抗力による期間の伸長が許されるのは、不可抗力が止んだ後一定の短期間内に懈怠した行為を追完した場合に限られる(民事訴訟法第一五九条参照)。しかるに、原告は、その代理人を通じて直ちに本件特許権の第四年分の特許料および割増特許料を納付することなく、これを納付したのはそれから七か月以上も経過した昭和四三年五月二七日のことである――この事実は当事者間に争いがない――から原告はいかなる意味においても、もはや右特許料の納付が有効であると主張することはできないものといわねばならない。

右のとおりであるから、原告の本件特許権は、特許法第一一二条第三項の規定により、昭和四一年一一月二九日消滅したものである。

原告は本件特許権の設定登録は、未だ原簿上抹消の手続がなされておらず、したがつて、その間に特許料が納付された場合には、その納付行為によつて、法定期間経過に伴う手続上の瑕疵は治癒されたものであると主張するが、そのように解すべき根拠はなく、その主張は失当である。

そうすると、被告のした本件処分は適法であるから、これを違法としてその取消を求める原告の本件請求はその理由がない。よつて、これを失当として棄却する。(荒木秀一 高林克巳 元木伸)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例